季節の言葉から周囲への健康を気遣う言葉・・・と、堅苦しいけれどそれはそれで美しい慣習だと思います。
勤務医の頃は同じ施設内の、さっき世間話をしていた医師への紹介にも
「平素より大変お世話になっております。云々・・・」
と書き始めるのですが、これホントにみんな読んでるのかな?と思ったことがあり、試しに
「窮鼠より大変猫を噛んでおります。云々・・・」
としたところ、やはり誰も気付かないという(笑)
乳腺外科 内科 外科 肛門外科

季節の言葉から周囲への健康を気遣う言葉・・・と、堅苦しいけれどそれはそれで美しい慣習だと思います。
勤務医の頃は同じ施設内の、さっき世間話をしていた医師への紹介にも
「平素より大変お世話になっております。云々・・・」
と書き始めるのですが、これホントにみんな読んでるのかな?と思ったことがあり、試しに
「窮鼠より大変猫を噛んでおります。云々・・・」
としたところ、やはり誰も気付かないという(笑)


「雨がしとしと降っている」と思い出すのが有島の遺書です。
本当は「雨がひどく降っている」なんですが、「しとしと降っている」で覚えていて実際には違ったので覚えているという・・・
「山荘の夜は一時を過ぎた。
雨がひどく降ってゐる。
私達は長い路を歩いたので濡れそぼちながら
最後のいとなみをしてゐる。
森厳だとか悲壮だとかいへばいへる光景だが、
実際私たちは戯れつゝある二人の小児に等しい。
愛の前に死がかくまで無力なものだとは此瞬間まで思はなかった。」
というヤツです。この一文はソラで言えます。

夜がきらーい。昼がすき。

「In the end, we will remember not the words of our enemies, but the silence of our friends.」

それはあたかも祭りの後。
荘厳な筈の神社にとても似つかわしくない派手な看板と大きな声、集まってくる人、人、人。
その対比が妙に調和し安心する。
裏ではせっせと仕込みをし、パフォーマンスも派手に片手で収まるがハイカロリーなものを売り、今日しかないとそれを買う。
人混みに流され前へ前へと押し出され、次々に出てくる見慣れているが特別なものを買い漁る。
どこまで続くのか先の見えない道を意思とは無関係に進んだ先には何があったっけ?
それも忘れるくらいの高揚感。
しかし・・・翌日には元通り人気のない神社。
何事も無かったかのように、片付け遅れた派手な露店だけがちらほらと、そこで昨夜なにが起こっていたかを物語る。
ハッキリとは思い出せない。
そこに居た筈なのに・・・。
本当?本当はしっかり覚えているでしょ?思い出したくないだけでしょ?
でも覚えてるでしょ?

やはりいっぱいいっぱいだったのだ。
堪えていたのだ。
最後に一気に噴き出す。
止まらない。
声がする。
気丈に、複雑に、転換し、両の足を踏みしめそこに立つ。
悔しいし申し訳ない。
ただ見つめ何も言わない。
でも伝わる。しっかりと。
託し出るが、前は見えないほど雨は降っていた。
僕の周りだけ。


人生において、一番大切なことは自己を発見することである。
そのためには、時には一人きりで静かに考える時間が必要だ。
フリチョフ・ナンセン(1922年ノーベル平和賞受賞)

お前たちが大きくなって、一人前の人間に育ち上った時、――その時までお前たちのパパは生きているかいないか、それは分らない事だが――父の書き残したものを繰拡げて見る機会があるだろうと思う。その時この小さな書き物もお前たちの眼の前に現われ出るだろう。時はどんどん移って行く。お前たちの父なる私がその時お前たちにどう映うつるか、それは想像も出来ない事だ。恐らく私が今ここで、過ぎ去ろうとする時代を嗤わらい憐あわれんでいるように、お前たちも私の古臭い心持を嗤い憐れむのかも知れない。私はお前たちの為ためにそうあらんことを祈っている。お前たちは遠慮なく私を踏台にして、高い遠い所に私を乗り越えて進まなければ間違っているのだ。然しながらお前たちをどんなに深く愛したものがこの世にいるか、或はいたかという事実は、永久にお前たちに必要なものだと私は思うのだ。お前たちがこの書き物を読んで、私の思想の未熟で頑固なのを嗤う間にも、私たちの愛はお前たちを暖め、慰め、励まし、人生の可能性をお前たちの心に味覚させずにおかないと私は思っている。だからこの書き物を私はお前たちにあてて書く。
有島武郎
最も好きな作家の一人である有島の「小さき者へ」
色んな局面で読みましたが、年とってからはなかなか先に進めなくなります。
一言一言が刺さって泣けてきて・・・